○祭りの歴史について
商店街で「豊里七夕祭り」として開催していたものに、地元の商工青年部が中心となって花火や盆踊りなどを盛り込み「豊里夏祭り」として開催した。
その後「あこうずどぶろく祭り」と名前を変え、各町内会や子ども会で自主制作の「豊里ねぷた」を作成し、町内を練り歩き、夜は花火の打ち上げと行う祭りになった。
諸般の事情で花火の打ち上げができなくなり、現在のYOSAKOIと豊里ねぷたの運行をコラボレーションした祭りになり、今年で7年目をむかえる。
◆七夕飾り・主催イベント◆
昭和39年・・・ミス七夕コンテスト(オープンカーでパレード)
昭和48年・・・横町商店街に七夕飾りを移動、仲町商店街で盆踊り
昭和55年・・・花火大会(旧北上川、小口前、駅前)
昭和63年・・・「ねぷた」と「七夕」を組み合わせ
◆豊里夏祭りの遍歴◆
昭和28年・・・豊里七夕祭り
昭和60年・・・豊里夏祭り(花火大会、盆踊り)
平成 3年・・・「豊里ねぷた」をあこうずどぶろくまつり」に改称
平成16年・・・「YOSAKOI&ねぷたinとよさと」に改称
【ねぷた】
昭和63年に商工会青年部が青森県弘前市の「ねぷた」を研修。弘前や湯田に出向き、ねぷた絵の描き方や制作方法を学んだ。
その後、地元の子ども会、町内会や事業所等でねぷたの自主制作が始まり、以後「豊里ねぷた」が夏祭りの中心となる。
【よさこい】
「豊里夏祭り」にイベントとして地元豊里のチームをはじめ近隣のよさこいチームが出演しており、豊里でよさこいの知名度が広まりつつあった。
平成の大合併直前の平成16年、「豊里夏祭り」を登米市に残すため、北海道の「YOSAKOIソーラン祭り」組織委員会のメンバーであった千歳市のよさこいチーム「蒼天欄華」坂野(さかの)智(さとし)氏からよさこい祭り運営の指導を受け現在の形になる。
また、「YOSAKOIソーラン祭り」アドバイザーで隣市出身の振付師である三浦(みうら)亨(とおる)氏
に地元豊里中学校のよさこい振り付けを指導していただいた。